科目横断型指導の塾が増えない理由

科目専任制の塾が多い現状

集団指導でも個別指導でも、基本的に学習塾は科目ごとに先生が決まっています。

これは塾側とアルバイト講師(応募者)の需要がマッチしているからです。塾の都合で言えば、人材獲得がなかなか難しいご時世ですので、少しでも多くの先生をリクルーティングしたいと思っています。そのため、授業数に関係なく、とりあえず在籍講師の数を増やします。授業があるかどうかは二の次なので、塾講師として採用されても、授業は週に1回しかない、月に3万円ほどしか稼げないといったアルバイト講師も数多く存在します。

応募者側の都合で言えば、少しでも教える科目が少ない方が、新たな勉強をせずにお金を稼げるので楽なのです。たとえば英語が得意な先生は英語だけを教えたがります。それは既にもっている知識だけでお金が稼げるからです。苦手な数学をわざわざ勉強してまで、教えようとする講師はほとんどいません。当然ですね。

以上のように、両者の需要が一致し、科目専任制の塾だらけになっています。

科目専任制のメリットはむしろデメリット

科目専任制のメリットとしてよく挙げられることは、1つの科目を深く勉強している先生に教わることで、より質の高い授業ができるというものです。これは専門性の高い大学の研究などのようなものであれば、幾分納得感があるのですが、中学校の勉強においては、むしろ逆ではないかと思っています。

つまり、1つの科目に集中することは、他の科目との関係性を断っているため、より質の高い授業を提供しにくい、というのが私の考えです。

たとえば理科では、数学で習う三平方の定理や関数の知識を数多く利用します。社会の気候の話は、理科の熱の単元と密接に関わっています。また、神奈川県の高校受験で行われる特色検査では、5教科横断型の問題が出されます。こういった問題は科目専任制では、非常に教えることが難しいです。

なぜなら「英語で書かれた文章を数学の知識を使って理科の問題を解く」といった複雑に科目が絡み合った問題が出されるからです。この場合、指導するのは英語の先生でしょうか?理科の先生でしょうか?数学の先生でしょうか?

各科目の関連性・繋がりを意識した授業(科目横断制と呼ぶことにします)と、科目専任制の授業とでは、前者の方が質の高い授業であると思わないでしょうか?

また、神奈川の特色検査採用校が増えていることを考えると、高校受験では、5教科横断型の知識がより求められている、そして今後さらにその傾向が強くなるように思います。

1つのことに詳しいスペシャリストではなく、5教科全てに精通しているジェネラリストを、高校受験では求めているのではないでしょうか。

学習管理は科目横断制の塾が理想

科目横断制のメリットは授業の質の向上だけではなく、学習管理にもあると思います。複数の科目を1人の先生が指導していれば、全体のバランスを考えながら宿題を出すことができます。これは科目専任制ではできないことです。

高校入試は5教科の総合得点で決まるので、たとえ国語が90点以上取れていても、その他の科目が悪ければ志望校には受からないのです。ただ考えてみてください。科目専任制で、あなたが国語の先生ならば、当然国語の宿題を出し続けるでしょう。「国語はやらなくていいから、他の4科目だけ宿題をやりなさい」なんてことにはなりません。

受け持っている科目が最重要科目だと思っている先生は案外多いものです。数学の先生は、数学を鍛えることで思考力も鍛えられるから、数学はとても重要な科目だと言いますし、国語の先生は、どんな問題でも読解力を鍛えなけらばならないから国語が一番需要だと言います。社会の先生は、歴史を学ぶことは勉強だけでなく、社会人になってからも活用できるから、社会は最も重要だと言います。

どの科目も重要であることは疑いませんが、学力の向上、より具体的に言えば志望校の合格においては、5教科の総合得点を1点でも上げることが最重要です。しかも90点から10点上げる努力と、20点から10点上げる努力は全く異なります。上に行けば行くほど、1点UPが難しくなります。そのため「合格」を戦略的に勝ち取るならば、90点を100点に上げる努力よりもボトムアップ、つまり最低点の科目の底上げが重要です。ただ、先ほどから述べている通り、科目専任制だと、自分の担当科目への思い入れが強いあまり、担当外の科目への意識が疎かになってしまい、結果として総合得点が伸びにくくなってしまいます。

科目横断制は採用コストがかかりすぎる

ということで、1人の先生が5教科を指導する科目横断制の塾がもっと増えても良いと思うのですが、増えません。少なくても、アルバイト講師が中心の塾では無理でしょう。なぜならそのような人材を獲得するためのコストがかかりすぎるからです。1教科だけなら指導できる講師は数多くいるでしょうが、全教科となるとほぼいません。また1教科なら週に1〜2回の出勤で大丈夫でしょうが、全教科となるとほぼ毎日のように授業に出なくてはなりません。

コスト面でも、スケジュール面でもこのような人材を獲得することは難しいので、増えないと思います。また科目数が増えれば、授業準備や自分自身の勉強も膨大になります。それゆえ時代は専任制の流れへとどんどん進んでいます。しかし先ほどお伝えしたように、受験問題は5教科横断型になっています。指導の現場と受験問題の乖離が今後ますます広がっていくことは必至でしょう。